「子ども主体の学びをどう保育に取り入れるか」
園長や主幹、保育士の間で近年よく語られるテーマです。
国際バカロレア(IB)の初等教育プログラム PYP(Primary Years Programme) は、探究的な学びを重視し、子どもの疑問や興味から学びを広げる教育アプローチとして世界的に注目されています。日本でも保育や幼児教育の場に導入する園が増えていますが、「POI」や「Unit」など専門用語が並ぶと難しく感じてしまう方も多いのではないでしょうか。
「現場にどう落とし込むのかイメージできない」とお考えかもしれませんが、PYPは特別なものではなく、保育の日常を体系化する枠組みでしかありません。
POIやUnitを保育の延長線上で捉え、小さな一歩から始めることが導入成功のカギとなってきます。
IB PYPとは?保育における意義
国際バカロレアとPYPの概要
IBはスイスを本部とする教育財団が運営する国際教育プログラムで、世界150カ国以上で採用されています。その中でもPYPは 3〜12歳を対象 にしたプログラムです。
PYPの特徴
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探究型学習(Inquiry-Based Learning):子どもの「なぜ?」を起点に学びを深める
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学習者像:探究する人、思いやりのある人、挑戦する人など、10の資質を育成
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総合的アプローチ:教科横断的に学びを組み立てる
保育現場での意義
日本の保育指針が掲げる「遊びを通して学ぶ」姿勢と高い親和性があり、日常の保育をより意図的に、国際的な視点で展開する土台となります。
POI(Programme of Inquiry)の作り方
POIとは何かを理解する
POIは、園全体の探究的な学びを体系的に整理する「学びの地図」です。子どもたちが年間を通してどんなテーマに取り組み、どのような学びを経験するかを明確にします。保育現場においては、日常の遊びや活動を「探究」として捉え直し、それをPOIの枠組みに落とし込むことが第一歩です。
トランスディシプリナリー・テーマを理解する
POIは、IBが定める6つのトランスディシプリナリー・テーマに基づいて構成されます。
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私たちは誰なのか
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私たちはどのような時と場所にいるのか
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私たちはどのように自分を表現するか
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世界はどのように働いているのか
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私たちはどのように組織しているか
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この地球を共有するということ
園では、これらをそのまま使うのではなく、子どもの発達段階や興味に合わせて「水」「自然」「人との関わり」など身近なテーマに翻訳して扱います。
中心的アイディアを設定する
各テーマごとに「中心的アイディア」を定めます。これは、子どもたちが探究を通して理解すべき本質的な考えを示したものです。
例:
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「水は生活に欠かせない」
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「地域には私たちを支えるさまざまな人がいる」
この中心的アイディアが、保育士の指導や子どもの活動の方向性を決める軸となります。
探究の線と概念を整理する
次に、中心的アイディアを支える「探究の線(Lines of Inquiry)」を考えます。
例:「水」Unitの場合
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水の性質
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水の使い方
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水と環境の関わり
また、IBが重視する「概念(形・機能・因果関係・つながりなど)」を意識し、子どもの思考を広げる切り口を設定します。
学年や年齢に応じた配置を行う
POIは、複数の年齢や学年を対象にして構成されるため、園全体で「どの年齢でどのテーマを扱うか」を調整します。幼児期であれば「遊びから生まれる興味」を起点にし、年齢が上がるにつれて概念的な探究に広げていくイメージです。
日常保育と結びつける
POIを特別なものとして扱うのではなく、既に行っている活動を整理して位置づけることが大切です。例えば、毎年恒例の「夏の水遊び」を「世界はどのように働いているのか」のテーマに結びつければ、POIの一部として機能します。
POIとは
POIを作る過程は、園の教育方針や日常の保育実践を体系化する作業です。大切なのは「新しいことを無理に始める」のではなく、子どもたちが日々取り組んでいる遊びや体験を探究の視点で整理し、全体像を共有すること。これにより、職員の教育観が揃い、子どもの学びがより意図的で豊かなものになります。
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Unit(探究単元)の実践
Unitの基本構造
IB PYPにおけるUnit(探究単元)は、子どもの学びを深めるための具体的な枠組みであり、POI(Programme of Inquiry)を構成する最小単位です。
1つのUnitは「中心的アイディア」「探究の線」「概念理解」で構成され、子どもが主体的に探究を進めるための道しるべとなります。
たとえば「水」をテーマにしたUnitを設定する場合、中心的アイディアを「水は生活に欠かせない」と定め、探究の線を「水の性質」「水の使い方」「水と環境」といった切り口に展開します。このように整理することで活動の方向性が明確になり、保育士も子どもの疑問に合わせて学びを広げやすくなります。
保育に応用できる実践例
保育現場では、日常の遊びを出発点にするのが効果的です。
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水遊び:単なる感覚的な楽しみだけでなく、「水は冷たいのはなぜ?」「バケツからあふれるのはどうして?」といった疑問を引き出し、自然現象や科学的な視点へと探究を広げられます。
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お店やさんごっこ:やりとりを通じてお金や交換の仕組み、協力の大切さといった社会的な学びに発展します。
このように、子どもが普段から親しんでいる活動をUnitに落とし込むと、現場に負担をかけずに探究の枠組みを導入できます。
子どもの声を起点にする大切さ
Unitの実践で最も大切なのは、子どもの声を起点に展開することです。大人が答えを先に用意するのではなく、子どもの「なぜ?」を拾い、それを深める方向へ導くことで探究的な学びが生まれます。
保育士は知識の提供者ではなく伴走者となり、問いかけを工夫して子どもの思考を促します。また、その過程を ドキュメンテーション として記録に残すことで、子ども自身の振り返りや保護者への説明にも活用できます。
柔軟に変化するUnit
Unitは一度計画して終わりではありません。子どもの興味や発見によって柔軟に変化させることが推奨されます。
たとえば「野菜を育てるUnit」では、当初は「成長の過程を観察する」ことを中心にしていても、子どもが「野菜はどこから来るの?」「虫が食べるのはなぜ?」と関心を広げれば、農業や生態系に探究を発展させることができます。予定通りに進めることよりも、子どもの学びが広がる方向へ舵を切る姿勢こそがPYP的なアプローチです。
Unit実践が育む園の文化
つまり、Unitの実践とは「枠組みを持ちながらも、子どもの関心に寄り添い続けること」です。小さな気づきを大切にし、遊びを学びに昇華させることで保育の質は自然と深まり、園全体に「探究する文化」が根づいていきます。
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IB候補校になるためのステップ
候補校申請の流れ
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IBに申請書を提出
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候補校として承認される
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PYP導入に必要な準備(POI策定、ポリシー作成、研修)を進める
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視察・審査を経て「認定校」へ
必要な文書
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言語ポリシー
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評価ポリシー
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カリキュラムポリシー
候補校段階で重視されること
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職員研修による共通理解
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POIの策定
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保護者や地域への説明・理解促進
導入にあたっての課題と解決策
職員間で理解に差がある
定期的な研修や勉強会を開き、日常の保育にPYPの視点を少しずつ取り入れる。
週1でユニットの状況をフィードバックする打合せを実施して、次のアプローチの検討や改善につなげていく。
保護者への説明が難しい
子どものエピソードや写真を使い、PYPの考え方を生活に即して伝えて、まずは今までとの変化を感じてもうらう。
業務負担が増える
既存の保育計画にPYPの枠組みを重ね合わせることで、効率的に取り組む。
職員が共通理解するための打合せの実施が必須であり、部屋から出てくる時間を確保するため、この部分を担う職員を増やす必要がある。
園長・主幹・保育士への具体的提案
園長への提案
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園全体の方針を示し、職員が挑戦できる環境を整備
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外部コンサルタントや研修の導入を積極的に検討
主幹への提案
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POI・Unit設計のリーダーとして現場をサポート
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小さな成功事例を集めて職員に共有し、安心感を広げる
保育士への提案
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子どもの「なぜ?」を大切にし、探究の伴走者となる
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ドキュメンテーションで学びを共有し、日常保育の価値を高める
よくある質問Q&A
Q:POIは必ず6テーマをすべて揃えなければならない?
A:原則は揃えるが、候補校段階では一部テーマから始める園もあります。
Q:小規模園でも導入できる?
A:可能です。小規模だからこそ職員間の連携が密で、柔軟に実践できます。
Q:候補校から認定校になるまでの期間は?
A:一般的に2〜3年程度。園の体制や準備状況によって変動します。
まとめ
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IB PYPは「探究的な学び」を実現する国際的教育プログラムで、保育にも応用可能。
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POIは園全体の学びを見える化する地図、Unitは子どもの声を中心に展開する探究の単位。
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候補校になるためには、職員研修・ポリシー作成・保護者理解が重要。
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無理に特別なことをするのではなく、日常の保育をPYPの枠組みで整理することから始める のが成功の第一歩。
園の理念とPYPを重ね合わせ、保育士・保護者・地域と一緒に“探究する保育”を育てていきましょう。