
「IB PYPのPOI(Programme of Inquiry)を作りたいけれど、どこから始めればいいのか分からない。」
「テーマ設定が難しく、どうしても毎年同じような内容になってしまう。」
「POIを作っても、日々の保育と結びつかず “書類づくりだけの探究” になってしまう。」
保育士のみなさんから、こうした声をよく耳にします。
POIは探究カリキュラムの土台となる大切な計画ですが、同時に「難しい」「抽象的」「正解が見えにくい」と感じやすい領域でもあります。
特に幼児期のPYP(3〜6歳)では、子どもたちの興味や行動を中心に探究が展開していくため、学校教育のようにカチッとした年間計画を当てはめるだけでは、子どもたちの育ちを支えるカリキュラムにはなりません。
そのため、POIづくりに悩むのはとても自然なことです。
だからこそ、この記事では幼児教育の知見をもとに、POIの作り方と導入のポイントを、保育現場で実践しやすい形に噛み砤いて解説します。
まず、POIとは何かをやさしく整理し、次に、現場の保育士が抱えやすい課題を丁寧に共有します。
そのうえで、実践につながる「作成ステップ」「導入後の活用方法」「注意点」をお伝えします。
さらに、探究活動を深めたい方に向けて、自然に読み進められる書籍紹介も盛り込みます。
POIとは何か?まず学びの全体像をつかむ
POI(Programme of Inquiry)は、PYP全体の探究をつなぐ“学びの地図”のような存在です。
園児が年間を通して、どのテーマをどのように探究していくのかを示し、学びの連続性をつくる役割があります。
ただし注意したいのは、POIは「年間指導計画のように固定するもの」ではないという点です。
幼児期の探究は、子どもたちのつぶやき、興味、気づきから始まります。
そのため、本来POIは柔軟に修正しながら育てていく計画なのです。
ここを押さえておくと、POIづくりへのハードルがぐっと下がります。
6つのトランスディシプリナリーテーマを幼児向けに読みかえる
PYPの探究は6つのテーマで構成されます。
・私たちは誰なのか
・私たちはどのような場所と時間にいるのか
・私たちはどのように自己を表現するのか
・世界はどのように機能しているのか
・私たちはどのように組織しているのか
・この地球を共有するということ
言葉がとても抽象的なので、初めて触れる保育士は戸惑いやすいです。
そこで、幼児期では次のように“身近な経験”に読みかえると理解しやすくなります。
・友だちとの関わり/自分の気持ちとの向き合い(=「私たちは誰なのか」)
・季節や自然/園周辺の環境(=「どのような場所と時間にいるのか」)
・絵や言葉で自分を表す活動(=「どのように自己を表現するのか」)
こうした日常につながる視点を軸にすると、POIのテーマ選びがスムーズになります。
幼児期におけるPOIの柔軟性
POIは「はじめに完璧を作らない」ことが大切です。
理由は三つあります。
子どもたちの興味は日々変わる
探究は予想外の方向に広がる
大人が決めた計画より子どもたちの姿が価値を持つ
つまりPOIは“完成させる計画”ではなく、子どもたちと一緒に育てる計画なのです。
現場の保育士が感じやすいPOIづくりの悩みとは?
POIの全体像が見えてくると、「なるほど、こういう仕組みなんだ」と理解できます。
しかし、実際に作り始めると、次のような悩みに直面することがよくあります。
・年間を通してテーマをどう配置すればよいか分からない
・探究テーマが子どもたちの興味と結びつかない
・テーマが抽象的すぎて活動が考えられない
・職員間で探究に対する理解度がバラバラ
・POIを作っても日々の保育と連動しない
・活動が“お勉強風”になってしまい、子どもが主体にならない
・保護者さんに探究の意図を説明しにくい
これらの悩みは、どの園でも必ず出る自然な課題です。
特に、探究活動がスタートしたばかりの園や、職員全体での理解がそろっていない園では、POIの作成がどうしても“職員だけの作業”になりがちです。
ですが、こうした課題は工夫次第で確実に解消できます。
次の章では、POIづくりをスムーズに進めるための具体的なステップを紹介していきます。
POIづくりのステップ①:まずは“子どもたちの姿”から振り返る
最初のステップは、とてもシンプルです。
「子どもたちが今どんな姿を見せ、どんな興味を持っているか」
ここを丁寧に振り返ることです。
POIは年間計画でありながら、出発点は常に子どもたちの日常の姿です。
例えば、
・砂場で川づくりに夢中になっている
・虫探しをしながら「なんで?」が増えている
・友だちとのトラブルを通して気持ちの言葉が育ち始めている
・工作に集中して“表現したい気持ち”が高まっている
こうした姿を見取ることで、探究のテーマが自然に浮かんできます。
POIづくりのステップ②:テーマ候補を職員で出し合う
次に、職員どうしでテーマの候補を出し合います。
このとき大切なのは、「大人がやらせたいこと」ではなく、
“子どもたちの興味から生まれたキーワード” を中心に置くことです。
例えば、
・「どうして川は流れるの?」(自然の不思議)
・「なんで泣いてるの?」(気持ち)
・「もっと高いタワーつくりたい」(構造と創造)
・「虫はどこに住んでるの?」(生き物と環境)
これらを6つのトランスディシプリナリーテーマに当てはめていきます。
抽象的なテーマに無理に合わせるのではなく、
“子どもの世界をテーマにつなげる” という視点が大切です。
POIづくりのステップ③:年間の流れをゆるやかに配置する
テーマ候補が出たら、年間の時期に合わせて並べていきます。
ただし、ここで注意したいポイントが二つあります。
完璧に並べようとしない
探究は変化します。最初からキレイに整える必要はありません。季節や園の行事を味方につける
自然、地域、行事は探究のヒントです。
例えば「世界はどのように機能しているのか」のテーマは、
夏の水遊びや自然観察とつなげやすいです。
この段階のPOIは“下書き”くらいで十分です。
POIづくりのステップ④:探究の「ねらい」を短く言語化する
POIには探究のねらいを記載する欄があります。
しかし、ここも抽象的になりすぎると、実践で使いにくくなります。
幼児向けには、次のように短い文で十分です。
・自然の不思議に気づく
・気持ちの違いを知る
・言葉や絵で自分を表す
・生き物を大切にする
・友だちと協力する
「大人の理念」ではなく、
“子どもたちの行動として現れる姿” をイメージすると書きやすくなります。
POIづくりのステップ⑤:職員全体で“共通の理解”をつくる
POIづくりで最も大切といってもいいのが、このステップです。
どれだけ素敵なPOIを作っても、職員の理解度がバラバラだと、
日々の保育に探究が落とし込まれません。
・探究の意味
・POIの役割
・幼児期の探究の特徴
・子ども主体の学びとは何か
これらを共通理解として持つことで、
園全体が“同じ方向に”学びを支えられるようになります。
POIを日々の保育に落とし込む実践ポイント
POIをつくっただけでは、子どもたちの探究が深まるわけではありません。
大切なのは、POIを“現場で使える形”に変換していくことです。
そのための実践ポイントをいくつか紹介します。
① 子どもの「小さなつぶやき」を探究のヒントにする
探究の種は、日常のつぶやきの中にあります。
・「なんで空って青いん?」
・「これ、もっと長くならへん?」
・「虫さん、どこ行ったん?」
・「なんで友だち泣いてるの?」
こうした言葉や表情は、探究を広げる大事な入り口です。
POIに書かれたテーマを“上から当てはめる”のではなく、
子どもたちの小さな発信に合わせて、POIを柔軟に動かす
──これが幼児期の探究において最も重要な姿勢です。
② 探究を「活動」ではなく“流れ”で捉える
探究を“お楽しみ活動”のように捉えてしまうと、
テーマが不自然に感じたり、子どもたちが主体的に動きにくくなります。
探究とは、
・問いが生まれる
・調べる
・試す
・比べる
・相談する
・つながる
・発見が生まれる
・また問いが生まれる
この 循環の流れ そのものです。
保育士が意識するのは、
「どの流れに子どもたちがいるのか」 を見取ること。
流れを見取ることで、
次にどんな環境や言葉かけが必要なのか判断できるようになります。
③ 環境構成は“問いが動き出す”ように工夫する
探究を支える環境は、準備しすぎても、少なすぎてもいけません。
ポイントは、子どもの問いが動き出す余白です。
例えば、
・虫探しの探究 → 虫かご、図鑑、虫の住む環境を置く
・水の探究 → 透明な容器、長さの違うチューブ、色水など
・気持ちの探究 → 気持ちを表す絵カードや鏡
環境は“完成形”を整えるのではなく、
子どもたちが手を伸ばしたくなる素材を少しだけ用意すると、
探究が自然に深まっていきます。
④ 探究が広がったときの「記録」を最小限にする工夫
POIを導入すると、
「記録が大変になるのでは?」
と不安に感じる保育士も多くいます。
そこでおすすめなのが、
“簡易なメモ”+“写真”の組み合わせだけにする方法です。
・子どものつぶやきを短いメモで残す
・テーマに関わる瞬間を写真で記録
・週の終わりに少し整理するだけ
これだけで十分です。
POIのために記録するのではなく、
子どもたちの学びの軌跡を“見える化”するために記録する
という意識に変えると、負担がぐっと軽くなります。
⑤ 保護者さんとの共有は「成果」より“プロセス”を中心にする
探究は、結果が目的ではありません。
大切なのは、子どもたちがどんな姿を見せ、
どんな考えに出会い、どんな気づきを得たのかというプロセスです。
そのため、保護者さんへの共有では、
“完成作品”だけを見せるのではなく、
・探究中の表情
・友だちとのやりとり
・試行錯誤のプロセス
・つぶやき
こうした“見えにくい学び”を伝えることが大切です。
保護者さんも、
「うちの子、こんなふうに考えてるんや」
「園でこんな姿を見せてるんや」
と理解が深まり、探究への理解も高まります。
⑥ POIは後から“更新できる仕組み”にしておく
POIは、一度作ったら終わりではなく、
毎年アップデートされる“生きたカリキュラム”です。
そのため、作成段階から、
・書き直しやすいフォーマット
・職員が意見を入れやすい仕組み
・年間で定期的に振り返る機会
を用意しておくと、
園全体の探究がスムーズに進むようになります。
POI導入で気をつけたいポイントとよくあるつまずき
POIを導入するとき、多くの園が同じところにつまずきます。
ここでは「現場で起こりやすい悩み」と「避けたい落とし穴」を、
幼児教育の知見をもとにわかりやすく整理します。
① 完璧なPOIをつくろうとして進まない問題
最も多い悩みのひとつが、
“完璧を求めて前に進まない” という状況です。
POIは、完成度よりも「まず動かすこと」が重要です。
作りながら、子どもたちの姿を見取って更新する。その繰り返しで深まっていきます。
IBの世界でも、PYPは“プロトタイプで動かしながら改善する”文化です。
日本の園では“きちんと準備してから導入する”傾向がありますが、
それがPOIの導入を重たく感じさせる原因になっています。
まずは小さく、1つのテーマから始めるだけで十分です。
② テーマと活動が結びつかない問題
「POIのテーマを立てたけど、普段の遊びとつながらない」
という悩みもよく聞きます。
原因は、
テーマが“子どもの生活から遠い”ところに設定されている ことが多いです。
幼児期のPYPでは、
生活の中で自然に生まれる問いからテーマを作ることが基本です。
例)
・“植物の探究” → 春の散歩で見つけた芽
・“気持ちの探究” → 友だちとケンカした出来事
・“コミュニティの探究” → 園の近くのお店や地域の人
・“変化の探究” → 氷が溶けたり、影が伸びたりする日常の気づき
子ども自身が「なんで?」「どうして?」と思えるテーマにすることで、
POIと日常保育が自然につながります。
③ “やらされ感”のある探究になってしまう問題
「探究しようね」と声をかけても、
子どもたちがのってこない場面もあります。
その多くは、
保育士の視点から“活動ありき”で進んでしまっている ときです。
探究は、子どもたちが動き出した瞬間に始まります。
保育士が意図的に誘導するのではなく、
・寄り添いながら見守る
・必要に応じて環境を整える
・興味が深まるヒントだけを渡す
こうした“さりげない支え”が重要です。
探究を押しつけるのではなく、
育ちを支えるために、そっと背中を押す存在になること がPYPの保育者の姿勢です。
④ 職員間で視点がそろわず混乱する問題
POIは一人ではつくれません。
複数担任や職員全体で子どもたちの探究を支えるため、
視点がそろっていないと混乱が生まれます。
そこで有効なのが、
短時間でできる“視点合わせミーティング”です。
内容はとてもシンプルでOK。
・子どもの問い
・最近見られた姿
・広げたい探究の方向
・必要な環境
この4つだけを共有するだけで、
POIがぐっと動かしやすくなります。
⑤ 書籍で視点を補強するとPOI設計が一気にラクになる
POIは、専門的な考え方が多く、独学だけでは難しい部分もあります。
そこで役立つのが、IBやPYPの解説書です。
本を読むことで、
・概念の捉え方
・探究の流れ
・ユニット設計の例
などの“判断の軸”が手に入ります。
独学で悩む時間が短縮され、
その分、子どもたちの姿を見取る時間が増えるのも大きなメリットです。
あなたの園のPOIづくりをより確かなものにするためにも、
書籍の知見を味方にしてみてください。
PYPを学べる書籍
POIをつくるうえで、「何から参考にすればいいか分からない…」という声はとても多いです。
そこで、初めてPYPに取り組む保育士さんでも読みやすい書籍を3冊ピックアップしました。
保育の現場にすぐ活かせる実践例、概念理解、ユニットの構成などが分かりやすく整理されているため、
POI導入の不安を一気に軽くしてくれる内容です。
『探究プロジェクトの最前線 国際バカロレア(PYP)の理論と実践』
PYPの理論を実際の教育現場にどう活かすかを、具体的なプロジェクト事例を通して紹介する一冊。
「探究とは何か?」「子どもが主体的に学ぶとは?」という問いに、理論と実践の両面から丁寧に答えています。
教育者だけでなく、家庭で探究型の学びを取り入れたい親御さんにも理解しやすく、実践のヒントが豊富。
PYPを“知る”から“一緒に育てる”へとつなげてくれる良書です。
まとめ ー 日々の保育で試してみたい工夫
POIは難しそうに見えますが、
小さな一歩から始めるだけで、園児の探究心が豊かに広がります。
今日からできる工夫としては、
・子どものつぶやきをメモしておく
・探究が広がりそうな素材を一つ置く
・同僚と短く子どもの様子を共有する
・テーマを広げる前に“生活の中の問い”を大切にする
この4つだけでも、探究の流れが生まれやすくなります。
POIは「難しいカリキュラム」ではなく、
子どもたちの育ちを支える“やさしいガイド”のような存在です。
できるところから、少しずつ始めてみてくださいね。